夕張保険金殺人事件を探る! 日高商事と青葉町の夕暮

日高商事/南部青葉町(夕張市)
情報提供:くろさん

今回は夕張市の奥地に存在している南部青葉町の廃墟、日高商事に行ってみました。
こちらの日高商事は1984年(昭和59年)に起こった凄惨な殺人事件の犯人が住んでいた事務所兼自宅で、今なお当時の姿を留めています。
しかし、日高商事もさることながら驚いたのは日高商事の存在する南部青葉町の状態です。まさに廃墟の町。
では、さっそくご覧頂きましょう。

夕張市街地から離れ、しばらく何もない山の中を走行すること数十分。
「道間違えたんじゃないの?」と不安になりながらも走っていくと、その町はありました。
南部青葉町、もうホントに夕張のどん詰まりという感じです。
町といっても、ほんの小さな区画です。
かつて建っていたのであろう建物は、ほとんどが瓦礫と化していました。
風化によって崩れ去ったのか、それとも解体されたのか。
綺麗サッパリ崩れ去って、見晴らしがよくなっております。
大夕張炭坑の全盛期は商店街として賑わっていたのでしょうが……。
ただ、車があったりするので完全なゴーストタウンではないようです。
こちらは解体ではなくて雪の重みなどで屋根が陥没した感じですね。
夕張は空き家が多いとは聞いていましたが、町ひとつがここまで寂れるとは……。
札幌の住民からすると驚き以外の何物でもありません。
駐車禁止の標識だと思うのですが、もはやカスれてしまっていて読めません。
大体にして、もうどこに車を停めようが関係ない感じ。
とにかく、どこを見ても瓦礫とゴミしかありません。すごい場所だ。
年季の入った木造平屋建てです。
今でも、たまに札幌市内でも見かけたりしますが……。
少なくとも、もうこの家は使われなくなって久しいようです。
反対側に回ってみました。
他の、もっと新しい感じの民家はほぼ瓦礫と化しているんですが、こういった木造平屋建の家は原形を留めています。
昔の家はやっぱり強いということでしょうか。
この建物は音楽関連のお店だったようですね。「VICTOR」の看板が出ていた名残が見えます。
大夕張炭坑が閉山し、人が流出していく過程でこの店も廃業したのでしょう。
昔は、どのくらいの町民が住んでいたのでしょうか?
今は恐らく一ケタ台かと思われます。
雪印牛乳のケースが見えます。恐らく飲食店か個人商店だったのでしょう。
本当に瓦礫と廃墟しかない。
でも、なぜか人の気配はするという。
民家のひとつの煙突から煙が出ていましたし、飼われているらしい犬もいました。
凄いところに住んでいる人もいるものです。
夜とか物凄く怖いと思うんだけど……。
南部青葉町の一番奥です。
この一角だけは倒壊を免れ、当時の町の面影を色濃く残しています。
……と言っても、「一見そう見える」だけでガッタガタなんですが。
この建物は前は比較的マトモですが後ろは跡形もなく倒壊しています。
びんぼっちゃま状態と言えばいいでしょうか。
屋号などはすっかり撤去されており、何屋だったのかを調べることは出来ません。
住居だったのであろう二階の窓にはカーテンが見えますが、入れるかどうか調べる気も起きません。
下手すると近寄っただけで崩れ去りそうです。
右側三軒。
奥から恐らく生鮮食料品店、時計屋、電器屋となっています。
こう見ると本当に商店街っぽく、かつては大変活気があったのだということが伝わってきますね。
今は(視界には)人っ子ひとりおりません。